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福岡高等裁判所 平成元年(ネ)610号 判決

控訴人 国

代理人 糸山隆 佐々木正光 ほか二名

被控訴人 有限会社富士ビル

主文

原判決中、控訴人敗訴の部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴人は、「1本件控訴を棄却する。2控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張の関係は、次のとおり当審における主張を付加するほか、原判決の事実摘示のとおりであり、証拠関係は、原審記録中の書証目録記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

(控訴人の主張)

1  国家賠償法一条一項の違法は、公権力の行使にあたる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反することである。

しかるところ、商業登記法二四条九号が登記申請書の記載と添付書面の記載との間の食い違いを申請の却下事由として規定している趣旨、目的は、登記官に与えられた審査権限の範囲内で可能な限り虚偽の登記の発現を防止し、第三者に対する公示制度としての商業登記に対する信頼を担保することにある。すなわち、同条項は、専ら第三者の保護を目的とする規定であつて、少なくとも登記申請人を保護する趣旨を含む規定とは考えられず、登記官は登記申請人に対して、却下事由のある申請を却下すべき職務上の義務を負うものではない。

登記官が却下事由の存在に気付いて申請を却下すれば、登記の更正の必要もないから、更正登記のための登録免許税相当額の損害も発生しない筈であるが、それは第三者の保護を目的とする法の規定が適用される結果生じる事実上の利益に過ぎない。

2  このように、登記官が登記申請人に対し、申請を却下すべき職務上の義務を負うものではないこと、換言すれば、登記申請人が自己の登記申請について却下を求める法律上の利益がないことは、本件のように、登記申請書の記載と添付書面の記載との間に食い違いがある場合、そのために生じた登記の過誤が登記官の過誤によるものと解されない結果、登記の更正について登録免許税が課せられることから考えても明らかである。

すなわち、登記の過誤が登記官の過誤によるときは、登記官は職権で登記の更正をしなければならず、登録免許税は課せられないが、この場合の登記官の過誤は、当事者の申請を待つまでもなく、登記官が過誤を認識して更正できるものであつて、申請人の申請どおりに登記がなされなかつた場合に限られると解すべきである。本件のように、登記申請書の記載と添付書面の記載との間の食い違いがある場合は、登記官だけで登記の錯誤を認識できないから、錯誤を証する書面を添付した当事者の申請を待つて、登記の更正をすべきこととなり、登録免許税が課せられるところ、登記申請人が自己の登記申請につき却下を求める法律上の利益を有するとすれば、却下されなかつたことによる登記の過誤の更正につき登録免許税が課せられてはならない筈であつて、登記申請人が右法律上の利益を有しないからこそ、右登録免許税が課せられるものである。

(被控訴人の主張)

1  本件登記官の審査義務懈怠の行為につき、相対的違法の観念を適用して、登記申請人である被控訴人との関係で違法でないと評価することはできず、本件登記官の審査義務懈怠の行為は、第三者との関係のみならず、登記申請人である被控訴人との関係でも違法である。

商業登記については、登記申請人である商人自身も正しく登記されることによる信用の維持、増大等の法的に保護されるべき利益を有するものであつて、商業登記制度は、登記申請人である商人自身の利益と取引の相手方ないし広く一般大衆の利益の双方のためにあるのであり、公衆の利益ないし公示による第三者の保護、取引の安全等のためだけにあるのではない。

2  控訴人は、更正登記のための登録免許税の支払いを免れる利益を登記申請人の利益と構成したうえ、それが事実上の利益に過ぎないというが、商業登記によつて登記申請人が受ける利益は法的に保護されるべき利益であつて、控訴人の右主張は、登記申請人の受けるべき利益の本質を看過しており、妥当ではない。

登記官は、登記申請人に対しても、登記申請書の記載と添付書面の記載との間に食い違いがある場合は、その補正を促し、登記申請人が補正に応じない場合は、申請を却下すべき職務上の法的義務がある。

理由

一  被控訴人が昭和五四年五月一一日長崎地方法務局で設立登記をした有限会社であること、右設立登記の際、設立発起人の石井勝實が司法書士の代理人を通じて同地方法務局に提出した登記申請書に、被控訴人の取締役となるべき石井勝實の氏名を「石井勝美」と誤記し、これに同人の印鑑登録証明書などの必要書面を添付したこと、同地方法務局の登記官が右申請書の記載と添付書面の記載の間の食い違いに気付かず、「石井勝美」の誤記を看過して登記申請を受理し、取締役の氏名を「石井勝美」と登記簿に記入したこと、及び被控訴人が右登記簿上の取締役の氏名を訂正するため、昭和六一年九月五日同地方法務局に更正登記を申請し、登録免許税二万円を納付したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  被控訴人は、同地方法務局の登記官が被控訴人の設立登記申請書の右取締役の氏名の誤記を看過して、申請人らに補正を促し、あるいは同申請を却下することをせず、これを受理して取締役の氏名を誤つて登記簿に記入したことが違法であり、被控訴人が右取締役の氏名を訂正するための更正登記に要した登録免許税二万円の損害を受けたとして、控訴人に対し国家賠償法一条一項に基づき右二万円と弁護士費用の合計一二万円の損害賠償を求める旨主張し、控訴人は、登記官が登記申請書の不備の補正を促さなかつたからといつて違法ではなく、登記申請書に不備がある場合、登記官は申請を却下すべきであるが、申請人には申請の却下を求める法律上の利益がなく、申請を却下しなかつたのが違法であると主張すること自体、背理であり、また、本件で登記官が申請書の記載と添付書面の記載との間の食い違いを看過し申請を却下しなかつたことは、登記申請人との関係では国家賠償法上の違法にはあたらない旨抗争する。

そこで、以下右争点について判断するに、商業登記法二四条は「登記官は、次の場合には、理由を附した決定で、申請を却下しなければならない。ただし、申請の不備が補正することができるものである場合において、申請人が即日これを補正したときは、この限りでない。」と定め、その九号に「申請書又はその添付書面の記載が申請書の添付書面又は登記簿の記載と抵触するとき。」と定めているところ、被控訴人の本件登記申請書は、取締役石井勝實の氏名が「石井勝美」と誤記され、添付書面中少なくとも同人の印鑑登録証明書記載の氏名と食い違つていた筈であるから、同申請には同条九号の却下事由があり、登記官としては、申請人が即日補正しない限り、申請を却下しなければならなかつたものと認められる。

ところで、商業登記に錯誤又は遺漏がある場合の登記の更正について、商業登記法一〇七条は当事者にその登記の更正の申請を認め、同法一〇八条は登記の錯誤又は遺漏を発見した登記官にその登記をした者への通知を義務付ける反面、登記の錯誤又は遺漏が登記官の過誤によるものであるときは、右当事者への通知を不要にするとともに、登記官に監督法務局又は地方法務局の長の許可を得て、職権で登記の更正をすべき旨定めており、また、登録免許税法五条一二号によれば、登記機関の過誤による登記、登録、又はその抹消があつた場合の当該登記、登録の抹消若しくは更正、又は抹消した登記、登録の回復の登記、登録については、登録免許税を課さない旨定められている。

しかし、右商業登記法一〇八条に定める登記の錯誤又は遺漏が登記官の過誤によるものであるときとは、登記官が登記申請書の記載どおりに登記簿への記入をしなかつた等、当事者の更正の申請を待つまでもなく、登記官においてその錯誤又は遺漏を認識し、登記の更正をすることができる場合でなければならず、本件の場合のように、申請書の記載と添付書面の記載との間の食い違いが看過され、申請書の記載どおりに登記簿への記入がなされたことによつて生じた登記の錯誤又は遺漏については、当事者の申請がなければ、登記官がいずれを真実とすべきか判断できず、ひいて登記の錯誤又は遺漏を認識することができないものであつて、右商業登記法一〇八条の登記の錯誤又は遺漏が登記官の過誤による場合には該当しない、というべきであり、その更正登記のための登録免許税の関係でも、右登録免許税法五条一二号の登記機関の過誤による登記の更正として非課税とされる場合にはあたらないと解される。

してみると、本件の場合、被控訴人の取締役の氏名石井勝實が「石井勝美」と誤つて登記されたのは、被控訴人の設立発起人である石井勝實が提出した登記申請書の記載の誤りに基づくものであつて(代理人の司法書士が申請書の記載を誤つたものとしても、代理人の過誤は対外的には申請人本人の過誤と評価される。)、この登記の誤りを是正するためには、商業登記法一〇七条に基づき被控訴人が更正登記の申請をするほかはなく、その更正登記の申請に登録免許税が課せられるのもやむを得ないといわなければならない。

もっとも、前記のように、商業登記法二四条九号によると、申請書の記載が添付書面の記載と抵触するときは、登記官は申請人が即日補正をしない限り申請を却下しなければならないと定められているから、本件の場合も、登記官が事実上補正を促すか申請を却下するかしておれば、右取締役の氏名を誤つた登記がなされることはなく、したがつてその更正登記の申請やそのための登録免許税負担の必要もなかつたことになり、本件で右申請書の記載と添付書面の記載との間に食い違いを看過して申請を受理した登記官の違法行為と、被控訴人の更正登記の申請及びそのための登録免許税の負担との間には、事実上の因果関係があるということができる。

しかし、右補正を促すことは登記官に義務付けられたものではなく、登記官が補正の機会を与えなかつたからといつて違法の問題は生ぜず、一方、登記申請書の記載と添付書面の記載の食い違いを看過した登記官の行為は違法であるが、登記申請人は、自己のした申請についてその却下を求める法律上の利益を有するものではなく、自己が不備な申請をしたことを捨象して、偶々申請の不備が看過され、申請が却下されなかつたことの違法を主張するのは矛盾した態度というべきであり、右登記官の違法行為と被控訴人の更正登記の申請及びそのための登録免許税の負担等との間には、いわゆる相当因果関係がないものと解するのが相当である。

また、国家賠償法一条一項の違法は、違法行為一般ではなく、個別の国民に向けられた公務員の職務上の義務違反ないし違法行為をいうと解されるところ、右商業登記法二四条九号が登記申請書の記載と添付書面の記載との食い違いを申請の却下事由としている趣旨、目的は、商人(会社を含む。)の取引上重要な事項の公示制度である商業登記に虚偽の記載がなされるのを防止するためであり、商業登記の制度が第三者、一般公衆等の利益と当該商人自身の利益の双方のためにあることはいうまでもないが、右条項では、不備な申請による虚偽の登記の発現によつて商業登記の信頼性が損なわれるのを防ぐことにその主眼があるのであつて、登記申請人自身が不備な申請をした場合、後日その更正等のために受けるべき不利益を回避することをその趣旨に含むものとは解されない。

したがつて、本件の場合のように、登記官が登記申請書の記載と添付書面の記載の食い違いを看過する違法行為をし、申請書の記載どおりに登記簿への記入をしたとしても、右食い違いを看過した違法行為は、申請人あるいは被控訴人がその登記の更正等のための手続や登録免許税の負担等を余儀なくされることとの関係では、申請人あるいは被控訴人に向けられた違法行為とはいえないと解され、ひいて国家賠償法一条一項の違法行為には該当しないというべきであり、前記因果関係の点については、この面からも相当因果関係がないということができる。

三  以上のとおり、被控訴人の本訴請求は右の点で理由がなく、失当として排斥を免れない。

四  よつて、これと結論を異にし被控訴人の本訴請求を一部認容した原判決は不当であるから、原判決中控訴人敗訴の部分を取消し、被控訴人の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 権藤義臣 田中貞和 木下順太郎)

【参考】第一審(長崎地裁 平成元年(ワ)第九六号 平成元年八月二一日判決)

主文

一 被告は原告に対し金一万円及びこれに対する昭和五四年五月一一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二 原告のその余の請求を棄却する。

三 訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の、その一を被告の各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告は原告に対し、金一二万円及びこれに対する昭和五四年五月一一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二 請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一 請求の原因

1 原告は、昭和五四年五月一一日、長崎地方法務局に設立登記をなした有限会社である。

2 右設立登記に際し、原告の設立発起人である訴外石井勝實の代理人訴外林田竹司司法書士は、登記申請書に原告の取締役となるべき右石井の名前を「勝實」と記載すべきところ、これを「勝美」と誤記し、これに右石井の印鑑登録証明書など必要書類を添付して長崎地方法務局に提出した。

同法務局担当登記官は、右申請につき、申請書に押捺された石井「勝實」という印影、印鑑登録証明書の石井「勝實」という名前の記載及び印影を対照すれば、申請書に記載された石井「勝美」が誤記であることを容易に看取できたのに、これを看過した過失により、申請人代理人である右林田司法書士に対し右誤記の補正を促して正しい氏名の記載によって右申請を受理し、あるいは申請書の記載に不備があるとしてこれを却下することなく、漫然と右申請を受理し、右石井の名前の記載を誤ったまま設立登記をした。

3 原告は、登記簿上の右石井の名前の記載を訂正するため、昭和六一年九月五日、長崎地方法務局に対し更正登記手続を申請し、登録免許税二万円を納付し、右同額の損害を受けた。

4 原告は、本訴の提起遂行を原告代理人らに委任し、報酬として金一〇万円を支払う旨を約した。

よって、原告は被告に対し、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償として金一二万円及びこれに対する被告の違法行為の日である昭和五四年五月一一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求原因に対する認否及び被告の主張

1 請求原因第1項の事実は認める。

同第2項のうち、原告主張の設立登記申請があったこと、申請書の石井の名前の記載に誤記があったこと、長崎地方法務局担当登記官が右誤記を看過して登記申請を受理し、登記をしたことは認めるが、その余は不知。

同第3項の事実は認める。

同第4項の事実は不知。

2 商業登記法二四条但し書は、申請の不備が補正可能な場合には、登記官は申請者に対し補正の機会を付与すべきことを規定しているが、右規定は登記官に補正の機会を与えるべきことを義務付けたものではないから、補正の機会を与えなかったからといって違法の問題は生じない。

また、申請書に不備がある場合は登記官はその申請を却下すべきであるが、申請者は却下を求める法律上の利益を享受するものではないし、そもそも、自己の申請するとおりの登記がなされることを求める申請者において、登記官は自己のした申請を却下すべきであったのにこれを受理したのは違法である旨主張するのは背理である。

第三証拠 <略>

理由

一 請求原因第1項の事実、同第2項のうち、原告主張の設立登記申請があったこと、申請書の石井の名前の記載に誤記があったこと、長崎地方法務局担当登記官が右誤記を看過して登記申請を受理し、登記をしたこと、同第3項の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二 右争いのない事実によって検討するに、

1 本件会社設立登記申請は、商業登記法二四条九号の「申請書の記載が添付書面の記載と抵触するとき」に該当し、したがって、担当登記官は、同条本文及び但し書にしたがい、申請人またはその代理人がこれを補正しない限り、本件申請を却下しなければならなかったものであるところ、担当登記官において、そもそも申請書と添付書面との記載が抵触することに気がつかず、したがってこれにつき補正を求めることも申請を却下することもせずに、そのまま申請を受理し、申請どおりの登記をしたものである。

右商業登記法二四条により、登記官は、当該登記申請につき同条各号に定める形式的事項について審査する権限を有するとともに審査の義務を負っていると解されるから、右各号の要件該当性の審査に手落ちがあり、該当する場合であるのにこれを過失により看過し、該当しないと判断して右申請を受理した場合には、右審査義務懈怠の違法があると解されるところ、本件登記申請については、添付書類等の形式的審査によりその不備は容易に発見できたのに、担当登記官においてこれを看過してそのまま受理し、誤った記載により登記をしたのであるから、担当登記官の右行為は明らかに過失に基づいており、違法というほかない。

本件の場合、もし、登記官が本件登記申請書に記載された前記石井の名前「勝美」の記載が印鑑登録証明書その他の添付書類に記載された同人の名前「勝實」と齟齬することに気がついていたならば、当然、申請人または申請代理人に対し、いずれの記載が正しいのかを釈明し、釈明を受けた申請人または申請代理人は、申請書の記載の方が誤記であることを認めて直ちにこれを補正し、その結果本件申請は正しい記載によって受理され、したがって後に更正登記手続の問題が生じる余地はなかったものと推認される。

この点につき、登記官が本件登記申請の不備を発見したとしても、その不備につき申請人または申請代理人に補正を求めず、求めたとしても申請人または申請代理人が補正に応じず、結果として本件登記申請が却下されたであろうという可能性は全く否定し去ることはできないけれども、本件登記申請の不備が名前の誤記にすぎず、これを補正するについて格別困難や障害が存したとも認められないことからして、登記官が何らの釈明もせずに機械的に申請を却下し、釈明を受けた申請人または申請代理人が理由もなく補正に応じないなどという事態は、経験則上想定することができないというべきである。

そうすると、登記官が本件登記申請についての審査義務を十分に果たさず、これに存した前記の不備を過失により看過し、誤った記載のまま登記をしたことと、原告が右記載を訂正するため登録免許税を納付して更正登記手続をすることを余儀なくされたこととの間には相当因果関係を肯定すべきこととなる。

(なお、被告は、商業登記法二四条但し書は、登記官に対し申請者に補正を促す義務を負わせたものではないから、本件登記申請の前記不備につき担当登記官が補正を求めなかったからといって違法の問題は生じない旨主張する。しかし、右但し書の定めは、当該登記申請に同条各号に定める事由がある場合は、申請人が直ちに補正したときを除き、登記官はこれを却下しなければならないというものであり、その解釈上、申請の不備が補正可能なものである場合でも、登記官は申請者に補正の機会を与えたうえでなければ、当該申請を却下することができないものではなく、補正を求めないまま却下しても、そのようにしてなされた却下処分は違法となるものではないというにすぎないのであるから、被告が、右規定の趣旨と、登記官が当該登記申請の不備を看過した結果、これを却下せず受理したという本件の場合との間にどのような論理的関連性があると主張しているのかは不明というほかない。)。

2 しかしながら、本件登記申請については、本来、委任を受けた司法書士において記載に誤りなきよう注意して申請書を作成したうえでなすべきであったものであり、申請書をそのまま登記用紙に使用する扱いとなっている本件会社設立登記の記載に誤りを生じたのは、第一義的には右司法書士すなわち原告側の過失によるものというべきであって、一方、多数の申請を迅速に処理しなければならない登記官において、専門職である司法書士によって作成された本件登記申請中の氏名の誤記を見落とした点には、厳しくは責め難い面があることに鑑み、誤ってなされた登記の記載を更正するため原告が支出を余儀なくされた更正登記手続費用(登録免許税二万円)相当額の損害のうち六割は原告において負担すべきものと解するのが相当であり、したがって、被告は原告に対し右損害の四割、すなわち金八〇〇〇円の限度においてこれを賠償すべき義務があると認められる。

3 原告は、本訴の提起遂行を原告代理人弁護士両名に依頼し、金一〇万円の報酬の支払を約したことは弁論の全趣旨によってこれを認めることができるが、前述の検討結果及び認容額に鑑み、長崎地方法務局担当登記官の前記過失と相当因果関係のある損害としては、そのうちの金二〇〇〇円のみとするのが相当である。

三 よって、原告の本訴請求は、被告に対し損害賠償として金一万円及びこれに対する違法行為の日である昭和五四年五月一一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、主文のとおり判決する(仮執行宣言の申立については、その必要性がないものと認め、これを却下する。)。

(裁判官 池谷泉)

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